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SS・小説、イラストを載せたり日記を書き書きしたり。書いたり描いたりしているところです。

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カクレンボ

何かSSとか小説とかも書くって言ってたわりには何にも載せてませんでしたね(・ω・`)
小説を書いてないわけではないんですが、一応というか、今後何かの大賞用に執筆しているものなので載せることができないだけなのです。
そこで、去年文芸部の会誌用に書いた短編小説があったので、それでも載せようかと思います。
では、どぞー。

※続きを読むから本編です。


 カクレンボ



 それは辺りが暗闇に包まれ、ご近所がぽつぽつと家の電気をつけ始めた頃だった。
 俺は学校から帰ってきてずっと部屋にこもって作業を続けていたのだが、そんな事はまったくのお構いなしにこいつはやってくるのである。
「ねぇ、カクレンボって知ってる?」
 かくれんぼ? 知っているに決まっているだろう。そんな事はどうでもいい、今は漫画を描いているんだ。邪魔をするな。
「ねぇってばぁ!」
「だー、うるせぇな」
 俺は鉛筆を置いて、椅子を少し引いてから振り返った。
 そこに居たのは我が妹、新野沙柚(にいのさゆ)である。俺同様の色素控え目な灰色の髪を揺らしてビシッと指をさしてきた。それを見ながら、女ってのはどうしてこう髪を長くしたがるんだろうか、などと無駄な思考を巡らせていると、
「人の話はちゃんと聞けって親に習わなかったの!?」
 そう威勢よく言ってきやがった。自分が何を言っているのか分かっているのだろうか。
「その親はお前の親でもあるだろうがよ。あのズボラな親父がそんな事わざわざ言うか」
 俺は右肘を机の上に置き、頬杖をついてそれだけ返した。
 自慢じゃないが、俺の親父の職場はパチンコ屋だ。本当に自慢にならないのが若干虚しい。
 世間は俺達の親父をプーと呼ぶ。が、人柄がいいせいで近所の連中には慕われており、愛称はプーさんだったりする。おいおいそれは夢の国の創始者に失礼だろうと俺は今まで何度言ってきたことだろう。
「お母さんに習わなかったのかー!」
「知っての通り社長だろう。忙しくてそんな暇があるか」
 どうしてあのアホな親父とくっついたのかが分からないぐらいに生真面目な俺と沙柚の母親は、大企業の女社長だ。尤も、無駄遣いをせず、一体どれだけあるんだと目を疑うような1を筆頭に0が羅列された通帳を持つのみで、基本的に質素な暮らししかしていない。……あのプー太郎が職場を近所のパチンコ屋に決めた最大の理由でもある。セキュリティを除けば、家も平凡で飯も服もついでに学校も平凡。少しは豪勢に使ってもいいんじゃないだろうか。少なくとも、パチンコの玉になるよりは有意義ってもんだろう。尤も、何故か沙柚にだけ理不尽な贔屓が行使された結果、妹は金持ち学校へ進学しているが。
「そりゃそうだけどさぁ……。お父さんはまたパチンコ行ってるし、しょうがないからお兄ちゃんのとこに来たんじゃない」
 そんな家庭事情を持つ我が妹は、不満たらたらの顔でぶーたれた。
 この前中学生になったんだろ、少しは大人になれ大人に。俺は自宅に帰ってまで部活動に勤しむ、母親の真面目な遺伝子を全うに受け継いだ高校生なんだ。今ばっかりは放っておいてくれ。
 俺は椅子に座った状態でちょうど目線の合うようなミニサイズな妹の頭をポンポンと叩いた。
「こらーっ! 子供じゃないんだからやーめーろーっ!」
 そういう事は後七年してから言うんだな。
「止めてほしかったらさっさと出ていけ」
「卑怯者ーーっ! 正々堂々戦えー!」
 女のくせに少年漫画の読み過ぎだ。女が見ていけないわけではないが、こいつの場合俺の部屋に勝手に侵入しては読みふけっているのだ。この習性を何とかするのが現在俺が解決せねばならない問題であり、今まで成功例の無い、難易度が俺のレベルに比例していないクエストである。
 それから兄妹でぎゃーぎゃー騒ぎ倒した後、頬を膨らませた沙柚は、しぶしぶ部屋を出て行った。
 ふぅ……これでやっと落ち着いて漫画が描ける。締切近いしな、急いで描かないと。
 俺は机に向き直り、鉛筆を手にとって原稿に下絵を描いていった。

 *  *  *

 それから数時間後、トーン貼りを終えてようやく原稿が完成した。俺は、それが汚れないよう封筒に入れ、漫研に提出する為に封筒の右下に名前を書いていく。……新野凍谷(にいのとうや)っと。
 あー、肩凝った。首を左右に傾けると、ゴキゴキとあまり聞きたくないような音が聞こえてきた。
 俺は手を前で組んで、そのまま上に向けて伸びをし、そのついでに時計を見た。……深夜の一時。これ以上起きていては明日の授業に差し支えるな……。
 俺は早々にベッドに潜り込んだが、ぐぅぅ、と派手に腹が鳴った。……そういえば何も食ってなかったな。
 毛布を蹴飛ばす。体の向きを変える。足を突きだす。体を曲げて、戻す時の反動を利用っ! 次の瞬間、俺の体は足を床につけてベッドに座った状態なのである。おそらく誰もが知っているであろう定番の起き上がり術だ。
 そのまま立ち上がった俺は、自室を出てから階段を下りた。
 廊下を少し進んで、居間に入る。我が家においてそれを「食卓」と呼んでいいのか微妙だが、そこには四人用のテーブルがあり、上には沙柚が作ったであろう若干焦げ目のついたオムライスがラップにつつまれて乗っていた。……その数、三つ。おそらく四つ作り、一つ自分で食ったのだろう。
 最終的に残るであろう二つは……果たして、明日の俺達の朝食になるか……まだ帰っていない二人が食ってくれるのか……。
 居間の入口であれこれ考えてみたが、腹の方はさっさと飯を食えとやかましい。俺はテーブルまで歩いていった。
 オムライスの傍には、妙にデカデカとした字で「チンして食べること」と書いてあった。……言われなくてもそのつもりだ。わざわざこんな事を書くって事は……自分以外の家族はあったかい内には食ってくれないと……そう思ったんだろうな。
 ……少しくらいは構ってやればよかっただろうか。まぁ、今となってはそんな事を思ってもしょうがないのだが。
 俺は三つのオムライスから適当に一つ選び、手にとってから台所に移動した。そして、電子レンジの中にそれを突っ込み、温めスタートのボタンを押して、再び居間へ戻った。
 食卓とは別にある机の上にはテレビのリモコンが置いてあり、俺はそいつを手に取ってからソファーに座り、テレビをつけた。それから、レンジが温めを完了させるまでの間、チャンネルを適当に変えて暇を持て余した。
 しばらくすると、台所から電子音が鳴り響いた。俺はリモコンを置いてから立ち上がり、オムライスを求めてふらふら歩いていった。
 電子レンジを開き、中から温まったオムライスを取り出す。そして、スプーンを食器棚から出して、再び居間まで戻った。つけっぱなしのテレビを見ながら、妹印のオムライスを堪能した。
「……うまい」
 表面の卵を焦がしている割には中のチキンライスはしっかりと味付けされており、それを補って余りある程だった。腹が減っていたことも相まって、一度手をつけると簡単にその手を止める事はほぼ不可能に近く、温めなおされたオムライスはあっという間に消えてしまった。
 さっきまでオムライスの乗っていた皿を流しへ持っていき、洗剤をスポンジに垂らしてから念入り洗う。それから、水気を切った後に布巾で水滴を拭い、食器棚に直行させた。
 それから居間に戻り、テレビを消し、次いで部屋の電気を消した。居間から出て、洗面台で歯を磨いた俺は、二階にある自室を目指して階段の一段目を踏んだ。
 腹も満たされた事だし、さっさと寝よう。
 二階まで上り切ったところで、妹の部屋に向かって「ごちそうさま」とだけ言って、俺はとなりの自分の部屋へと数歩の末辿り着き、ドアを開けて中に入った。
 さぁ、後は寝るだけだ。
 俺は布団にもぐり込み、途端にやってきた睡魔に体を明け渡した。

 それからしばらくして、俺は俺の意志を介入する間もなくたたき起こされる事になる。
 ……朝だ。沈んでいた太陽は再び顔を覗かせ、カーテンの閉められた俺の部屋を薄明るく照らしていた。時計へチラリと視線を送る。……朝の七時過ぎ。約五時間の睡眠を経て、突如現れた我が妹は他人の迷惑かえりみずに騒ぎだしたのである。
 昨日――正確には零時を回っていたので今日だが――はロクに寝てないんだ。もう少しだけ布団に寄生させろ。
「こーらー! もう七時過ぎてるってばー! 遅刻しちゃうよお兄ちゃんー!」
 安心しろ、俺の家から学校まで歩いて十五分とかからない。このような時間に起きなくとも、十分間に合うのだ。しかも、遅刻となるのは八時三十分以後という何とも寛大なところであり、よってまだ時計が七時を指して大して経っていない今、無理に起きる必要性など皆無なのだ。分かったらさっさと出ていけ。もう一眠りさせてくれ。
「寝るなー! 私が遅れちゃうんだよー!」
 ……随分と勝手な事を言ってくれるな。
「知った事かよ。……お前朝練のある部活にでも入ったのか? それはバス通学である事を考慮しないお前が悪いだろうが」
 あまりにやかましいので、それだけ言ってそっぽを向くと、
「うぅぅぅうぅぅー……」
 沙柚は低く唸り始めた。そして迷惑な事に、俺の隣で大泣きを始めてしまったのだ。
 ……はぁ……しょうがないな。
「分かった。連れていってやるから泣くな」
「……ほん、と?」
「あぁ。要は、まだバスに慣れてないんだろ? とりあえず四月いっぱいは付き合ってやるよ」
 毎朝傍で泣きわめかれるのではたまったものではないからな。寝起きから後味の悪い真似をさせるんじゃねぇ。
「えー……四月いっぱいだけ?」
「俺だってこれからの半月お前の学校を経由して自分の学校に行かねばならんと思うと気が重いんだからな」
「……うー……分かったよ」
 俺の弁論に、小さく唸った後沙柚は妥協をしてくれた。
 悪いが三年間も縛られるのはごめんなんでな。
「じゃ、俺も準備するからお前も出れるよう準備しとけ」
 俺が布団から出ようとすると、我が妹はここぞとばかりにふふん、と鼻を鳴らした。
「もうお兄ちゃんの準備が出来ればいつでも出発できるもーん! 準備なんて昨日の晩からしてたもん!」
 ……そりゃ御苦労なこった。俺もこいつも、父親の遺伝子を受け継いでいないのだけは感謝すべきだな。
「じゃ、飯食うから悪いけどそっちの準備しといてくれ。着替えてすぐ居間に行くから」
「おっけー!」
 毎朝の事ですっかり忘れそうになるが、沙柚もよく家事をこなしてくれるものだ。一年前までは全面的に俺がやっていたんだけどな。……確か、俺が作ったオムライスが不味かったのをきっかけにあいつが自分からやるようになったんだっけか。
 ……成長したもんだ。
 さて……と。原稿は机の上にきちんとある。学校の準備は漫画の作業に取り組む前からやっていたので、鞄の中に原稿を丁寧に入れてから、俺はクローゼットを開けて着替えを始めた。
 着替え自体は三分もせず終了した。俺は右手に鞄を、左手に寝巻きを抱えて部屋を出る。階段を下りてまっさきに洗面所へ行き、洗濯物をまとめる籠の中に左手の荷物をぶちこんだ。
 それから玄関まで足を運び、おそらく沙柚のものあろう新品の鞄の脇に自分の鞄を置いた。
 居間の入口は玄関のすぐ横にある。俺はそのままドアノブを回して居間へと入った。
「遅いぞ凍谷ー!」
 入った瞬間、妹による指差し攻撃が行われた。こいつはテンションが上がると俺のことを名前で呼ぶ。めんどくさい奴だ。
「朝っぱらから何テンション上げてんだ」
 妹の指を避けて居間に足を踏み入れ、そのまま食卓まで直行した。事情が事情だ、急ぐ必要があるのだから遊んでいる暇はない。
「ちょっとは遊んでくれたっていーじゃんかー」
「おいおい……」
 見事なまでの本末転倒っぷりである。中学に上がっても所詮十二歳のガキって事か。まだまだ事を理解しきれない子供なのだ。
 俺は沙柚を諭し、さっさと朝食を食う事を提案した。
「それにしても、もう四月も半ばじゃないか。今まで普通にバスで通っていたのに、何でまた俺と行こうとなんて思ったんだ」
 俺は食卓に並んだ卵焼きをつまんで、気になっていた事を聞いてみた。
「いやー……あはは、実は昨日……乗るバスを間違えちゃったみたいで……隣町まで行っちゃった。今までも何度かそういう事があってねー」
 ……こいつは……。
 はぁ……後二週間で立派に学校に通えるようになってくれるのを祈るしかないな。
「言っとくけど、五月になったら付き合わんからな。それ以降はきちんと自分一人で行けるようになれよ」
 少し呆れた俺は、味噌汁を啜ってから少しきつめに言う。あんまり甘やかすのもどうかと思うし、後で駄々をこねられないよう再度言ってやったのである。
「……うん」
 ……てっきり、また駄々をこねられるかと思っていた。返ってきたのはこのような言葉だけで、どうも拍子抜けした感じだ。
 まぁ、そっちの方がいいのは考えるまでもない。自立しようとしてくれるのはいい事だ。
 それから朝食のオムライスを食い終えた俺達は、玄関から家を出て、バス停まで向かった。
 ……沙柚と学校に行くのは、小学校の六年の時以来か。あの時は一緒の学校だったけど。普段は互いに出発する時刻が違うので、今ではこうして肩を並べる事もなくなっていたな、そういえば。
 なーんて事を考えていると、あっという間にバス停に到着した。家からバス停までは徒歩五分。大した距離ではない。漫画の背景用に休日はよく写真を撮りに行っていたので、バスの使い方に関しては我が家では一番知識人だった俺は、時刻表を見ながら次に沙柚が通う学校へと向かうバスの見当をつけ、傍にあったベンチに腰をかけた。
 沙柚も黙って隣に座る。……登校中は、こいつにしては珍しく無口なままだった。
 しばらく腰をかけて待っていると、遠目にバスが見えてきた。俺達が待っていたバス停で止まると、入口を開ける。俺がそいつに乗ろうとすると、沙柚はぼーっとしたままベンチに座っていたので早くするよう声をかけた。すると、我に返ったようにはっとして、苦笑いをしながらバスに乗り込んでくるのである。
 ……考え事か? まぁ、気にする必要はないか。
 バスは俺達二人を乗せるとすぐに出発した。それからも大した会話は行われず、ただシートに座っているだけだった。しばらくすると、バスは私立中学の名前をアナウンスした。俺はバスの窓付近にあるボタンを押した。
「朝練、時間大丈夫なのか?」
 俺はバスの時計へと目をやった。七時四十分……バス停で乗り込んでから、ちょうど十五分ほど経っている。
「……」
「沙柚? おーい」
 ……そうこうしていると、キキッとブレーキの音がして車内がガクンと揺れた。
 バス停に停車したところで、やれやれとぼやきながら俺は再び思考の海にダイブしていた沙柚の手を引いて、迷惑そうにこちらを見る運転手の横を通ってそそくさと降りた。
「どうしたんだよ? お前が考え事なんて、今日は雪でも降るか?」
「……な、なっ……そんなわけないでしょー!?」
 沙柚の様子がいつもと違うようだったので、俺はバスから降りてすぐからかってみた。対する反応は、いつもの沙柚のものだった。どうやら、俺の考えすぎのようだ。
「目の前に見えてるし、もう一人で行けるだろ? 俺は戻りのバスを適当に捕まえて一旦戻るから、学校行ってこいよ。朝練するのはいいが、あんまり無理はしないようにな」
「……うん。分かった」
 こくん、と頷いてみせる沙柚。
 ……普段なら嫌味の一つでも言ってくるだろうに、一体どうしたんだろうか。本日二度目の拍子抜けである。
 だからと言って、それが悪い事であるはずもなく。
「よし、頑張れよ」
 今日はいつになく素直なので、頭を撫でてから送り出そうとした。
「……お兄ちゃん」
「ん?」
「……カクレンボ……六時……」
 沙柚はそれだけ言うと、タッタッタ、とテンポよく駆けていった。
 ……かくれんぼ。はて、最近どこかで聞いたようなフレーズだ。思い出すのに、若干のタイムラグが発生する。
 そして、掘り起こす。昨日の夜だったな、そういえば。忘れてしまうとは、俺の頭は疲れているのかもしれないな。 
 俺は溜息を一つついてから、交差点まで歩いていき、道路の反対側に移動してから戻りのバスがやってくるのを待った。
 
 *  *  *

「どうした、Gペンでも折れたのか?」
 それからしばらくして、場所を移して俺の学校。
 漫研の部長に原稿を提出すると、そんな事を聞かれた。
 どうしていきなりGペンの話になるのかが分からない。ほどなく考えた結果、俺は「どうした、何かあったのか?」と尋ねてきたのだと結論を出した。
「……いや、別に何もないですよ。何でそう思うんですか?」
「何となく」
「な、何となくですか」
 思わずズッこけそうになったのを堪える。 
「俺の行動理由のほとんどは何となくだと思っていいぞ」
 我が漫研の部長、大西幸治(おおにしこうじ)はデカイ黒ぶち眼鏡をくいっと上げて得意げな様子を見せた。
 そんな事を大きな声で言わないでください。……まぁ、去年の夏三年生が抜けて以来新入部員もおらず俺と部長以外に部員なんていませんけど。
 男の割に伸ばしたボサボサの髪の毛をヘアゴムで後ろに縛っている部長が高らかにこのような事を言うと変人にしか見えない。入部したての頃は俺もさんざん思った事だ。他人のふりを決め込む必要性のない部員人数にこれほど感謝したのは初めてだった。新入部員がこの様子を見ただけで、女子ならすぐに辞めていく事だろう。男子でもおそらく時間の問題だろうな。……まぁ、一年間一緒に漫画を描いてきた俺としては今年の夏に部長が引退するまでは一緒に頑張るつもりだが。
「まぁ、何かあったら気がねはするな。むしろ全力投球で俺に相談してくれて構わないぞ。俺みたいな変人に一年間付き合ってくれたのはお前だけだしな」
 ちなみに部員数が二名になったのはひとえに部長が我が道を進んだせいである。
「はぁ……まぁ、その時が来たらよろしくお願いします」
 ツッコミたいのは山々だったが、この人にしては割とまともな事を言っているつもりだったのだろうから自重した。
「原稿の方は……うん、いい出来だな。よし、それじゃこれ俺名義にするな」
「いやいやいやいや」
 あっけらかんと何を言うのかこの人は。
「冗談だよ」
「部長が言うと冗談に聞こえないんですよ」
 俺は本心を伝える。心臓に悪いからそういう行為は慎んでください。
「ていうか、部長も漫画描いてくださいよ。俺一人じゃ限界があるんですから」
「俺は読むのは好きだ! だが描くのは嫌いだ。理由は勿論、めんどくさいからだ」
 何気なく言ってみたら、このようなお答えが返ってきた。部長、一発殴ってもいいですよね。疑問符はつけませんよ。問答無用で殴ります。
 俺がステキナエガオを浮かべつつ拳を握りしめると、それを見た部長は顔を険しくした。
「どうした? 道端で変なもんでも食ったのか? ダメだぞ、お供え物に手を出しちゃ」
 どうしてそうなる。
 この人の思考回路は一体どうなっているのであろうか。
「いや、分からんでもないけどな。俺も度々墓地に行ってはおはぎを堪能するしな」
「何やってんですか部長……バチがあたりますよ」
「だってそこにおはぎがあれば食うのが礼儀というものだろう」
 その礼儀は全面的に間違ってます。確かに乗っているのが皿の上なら食ってもかまいませんが、墓の上にあるものは基本的に鴉が食うものですから。
「鴉にやるぐらいなら俺が食う」
「さっき部長が俺に言った言葉覚えてます?」
「ん? 『漫画命』だったか?」
 そんな事は言ってません。正解は「ダメだぞ、お供え物に手を出しちゃ」です。どうして数秒前の自分の言葉を覚えてないんですか。
「恥ずかしいから絶対俺と一緒の時に道端のもの拾って食わないでくださいよ」
「おう、善処する」
 善処する、という言葉は初めからやる気のない人間しか使わないという法則はおそらく間違っていない。
 「何となく」でお供え物を食われるお地蔵様や墓の主にはご愁傷様としか言いようがない。
 そんなやりとりを数分かわし、すっかり毒気を抜かれてしまった俺は拳から力を抜いた。
 予鈴のチャイムが鳴った時点で俺達二人は解散し、各自教室へと向かった。
 
 それからは完全に流れ作業みたいなもんだった。先生が来ては授業を受け、終わったら彼らはさっさと教卓から去っていく。
 正直学校へは漫研の為に来ているようなものだったので、あっという間に授業は終わってしまった。
 六限目の終了チャイムが鳴り響く。授業終了の挨拶をすませ、担当教師が去って数分後にやってきた担任がHRを開始し、ほどなくしてそれも終わった。
 各自解散となってから、俺は部室へ行こうと立ち上がる。……と、同時にポケットの中が震えた。……メールが来たらしい。俺はポケットから携帯電話を取り出し、メール画面を開いた。……新着メールは……二つ、か。
 そのうち一つは、部長からだった。メールの本文に目を通すと、『呼び出しくらって説教受てて、今はトイレに行くって事で抜けだして打ってる。多分今日はしばらく部室に行けないから、もうめんどくさいし自由でいいぞ』との事だった。……めんどうくさいって理由で部を休みにしないでくださいよね……。……まぁ、了解。どうでもいいですけど部長、タイトルの顔文字が(`・ω・´) になってますが、説教受けて一体何のやる気を出しているので?
 一方、もう一つのメールを確認してみる。着信時間を見ると、朝の授業中にもう届いていたようだった。……沙柚からだ。
 タイトルは無題で、本分には『お兄ちゃんが鬼』とだけ書いてあった。
「……?」
 訳が分からない。
 お兄ちゃんの鬼、ならまだ解釈の余地がないでもないが、お兄ちゃんが鬼、と言われても首をかしげるしかない。いよいよ頭の方が親父の遺伝子分が色濃くなってきたのだろうか。哀れ沙柚……運命だと思って諦めるんだな。
 さて……漫研が休みとなると学校に居てやる事は特に無いな。……帰るか。
 俺は廊下、下駄箱、校門を経て、さっさと家路についた。

 家に帰ると、誰も居なかった。大抵は沙柚が出迎えてくれるが、今日は漫研が無かったからな。いつもより三時間程早く帰ってきたわけだし、居ないのも無理はない。
「……ん?」
 ここで、違和感。
 俺達の高校では、文化系の部活動は原則六時までに帰宅する事になっている。その為、俺がいつも帰宅するのは六時だ。
 ここまではいい。違和感の正体はそんな所にはない。……もっと、別のところ。
 よく考えてみろ。沙柚が中学校に入って、約二週間経っている。部活動も決まっているだろうし、俺もそれぐらいは当然だと思っていた。
 だが、沙柚は俺を毎日出迎えてくれていた。……これは、矛盾しないか……?
 考えろ、考えろ。頭のスペックが足りないというのなら高性能なものに交換してでもいい。とにかく、よく考えるんだ。
 まず、中学校の部活動。
 毎朝早くに沙柚は家を出て学校へ向かっていた。俺は、それを朝練だとばかり思っていた。こんな時期に学校行事で毎日学校に朝早くから行かなきゃならない、なんてことはありえないだろうから、これは部活動の為に朝が早いのだと確定したものだと思っていた。
 ……だが、朝錬があるというのは……中学校の部活動をものさしとして考えるなら、それはイコール運動部という事になる。
 運動部の部活動が終了するのは何時だ? ……普通は、六時。中学校なら、六時だと見るのが妥当だろう。多少ずれはあるだろうが、基本的に六時を過ぎる事はあっても六時前に終わる事などありえない。
 そして……俺の部活が終わるのは何時だった? ……六時だ。
 沙柚は六時以降。俺は六時。……沙柚はバスを使っている。俺は徒歩で、学校までは歩いて十五分……。
 それは、はたして……毎日六時ぴったりに部活が終了し、バスを経由して家から徒歩五分のバス停へ辿り着き、家へ帰るまで……沙柚は、俺より早く到着できると言えるのか? 六時十五分。二、三分のズレはあるが、俺の帰宅時間は決まっている。バスでの移動時間は十五分かかるんだぞ? ……間に合うわけがないじゃないか。
 だったら、どうして今まで沙柚は俺を出迎える事が出来たんだ?
 どうして……。
 今朝中学校についたのは七時四十分だった。
 ……朝錬で七時四十分というのは……ありえるのか? 普通に考えれば、七時四十五分が朝練開始のように思える。
 だが、中学校は普通八時十五分には教室に集合するような環境だ。……だったら、普通朝練は七時半にした方が効率がよくないか? 仮に七時半が開始だったとして……それなら何故沙柚は慌てたような様子を見せなかった? 一年生は遅刻どころかいち早く来ていなければならないだろ、普通。それが運動部なら尚更だ。
 噛み合わない。今朝は普通に過ごしたが、朝から沙柚の行動には常識と噛み合うものがまるで無い。
 ……それは、一体どういう事なんだろう。……考える。これは、どういう事なんだ……。
「……そう、か……」
 そして、導き出す。ひとつの結論を。

 ……沙柚は……部活になど、入っていなかった。

 それなら、俺より早く帰宅しているのは頷ける。
 ……問題なのは、何故……沙柚があれほど早く学校へ行く必要があったのか、だが……。
 こればっかりは本人か知ってる人に聞いた方が早いな。……沙柚の中学校は授業の終了が三時四十五分だったな……。帰りのHRを入れると大体四時か。……帰ってくるのを待っていてもいいが、どちらにしろ今日は暇だ。たまには沙柚を迎えに行ってもバチは当たるまい。
 俺は家の鍵を開けて鞄を玄関に放り投げ、足早にバス停まで向かっていった。
 ……くそったれ、妙な胸騒ぎがする……。何もなければそれでいい、後で笑い話のネタにすればいいだけなんだ。……とにかく、出来る事をするしかなかった。
 
 それから、約二十分後、俺は沙柚の通っている中学校まで辿り着いた。
 普通に校門から入っていこうとすると、警備員に止められた。……流石私立。
「どうした、何のようだ?」
 いかにも腕っ節の強そうなおっさんだった。時間はまだ余裕があるので、俺は事情を説明しようとするが、一体どういう言葉にすればいいのか検討がつかず、口ごもってしまう。
「あー、分かった分かった。とりあえず、ここの生徒の関係者なんだろ?」
「はい。新野沙柚の兄で、新野凍谷と言います。確認取ってもらえれば分かると思うんですけど」
「ちょっと待っててくれ」
 そう言うと、警備員のおっさんは警備室へと戻っていった。
 まぁいい。どうせ四時になるまでは沙柚も出てきやしないだろう。……何で朝錬を否定しなかったのか……朝、何を考えていたのか……聞きたい事は色々ある。……帰宅しようとしてここを通った時にでもとっちめてやるか。
 そんな事を考えながら、俺は時間の経過を待っていた。
 
 ……腕時計を見る。四時十分……警備員のおっさんとやりとりしていた時間の五分を差し引いても、三十分待たされた事になる。……何だ? 何でこれほど待たせる? 適当に校内放送か何かで沙柚に呼びかけしてくれればいいのに……。
 見れば校舎の中から、帰る者や部活に出る者がそれぞれ出てきている。今は、そのような時間帯にまでなっていたのだ。
 沙柚もそろそろ出てくるだろうが、流石に待たせすぎだろう。警備員のおっさんに文句の一つでも言ってやろうと思い、俺は警備室の窓を叩いた。すると、窓は開き、そこからおっさんの顔が現れる。
「何だ、まだここに居たのか」
 顔だけ出してそんな事をぬかすので、少しムッときた。
「それはこっちの台詞ですよ。一体いつまで待たせれば気が済むんですか。もう三十分もここに居るんですよ?」
「は? ……おかしいな、お前の妹の担任がこっちに来るように内線で取り繕ってやったんだぞ?」
「え……」
 その言葉を聞いて、また妙な胸騒ぎが襲ってきた。
「……ちょっと待ってな。もう一回連絡してみるよ」
 俺の顔を見て、おっさんは再び内線用の電話の受話器を取った。
 ……このおっさんの態度を見る限りじゃ、少なくとも言っている事に嘘はなさそうだ。自分はやる事をやったから、もう俺は担任の話を聞くなり来賓室に案内されるかなりでこの場には居ないと思っていたんだろう。だからこそ、「まだここに居たのか」なんて言ったんだ。
 それじゃ、どうして担任の先生はやって来ない? もう四時十分を過ぎているんだぞ……HRはとっくに終わっただろ。
 ……いや。
 ……待て、待て待て待て。
 どうして、担任の先生を出す必要がある?
 担任だろうが沙柚だろうが、結局はHRが終わらなければ俺の元へは来れないはずだ。……だったら、素直に沙柚に俺が校門に来ているぞ……とでも伝えれば済む話じゃないか。わざわざ担任を呼ぶ必要もない。
 なら……どうして……。
「……おい坊主」
「……!」
 不意に、呼ばれる。俺は我に返って、警備室へと体を向けた。
「お前んとこの妹さん、今日の昼休みから姿が見えないってよ。少し前にHRでそれが発覚して、担任は探しまわってるそうだ」
「……!?」
 姿が……見えない……?
 それは……行方が分からなくなったと……いいたいのか……?
「……な、何で……」
「さぁな、俺が知るわけねぇだろ」
 どういう……事だ……。
 沙柚は、一体……どこへ行ったっていうんだよ……。
「おい、お前んとこの妹さん、今朝何か言ってなかったか?」 
「え……?」
「何か、手がかりになりそうな事だよ。何でもいいから聞き出せって電話の向こうがうるさいんだよ」
 おっさんは受話器を指差した。……学校の面目が潰れる前に何とか見つけ出してうやむやにしようって魂胆か。
 こいつらの言うことを聞くのは癪だったが、人を探すなら人手は多いにこした事はない。俺は記憶を巡らす……。
「……カクレンボ……」
 そして、ひとつの単語を思い出した。
「……?」
 おっさんが首をかしげる。俺は一歩前に出た。
「かくれんぼ、とか言ってました。ちょうど、バス停のところで……朝。そういえば……昨日の夜にも言ってた気がします」
「……かくれんぼだぁ……? また大層な理由で騒ぎを起こしてくれるなぁおい……。まぁいい、こっちは学校の中を探すから。見つかり次第、家に連絡する。お前は帰って待っておけ」
「え、ちょっと!」
 それだけ言うと、おっさんは頭を掻きながら再び受話器に向かってしゃべり始めた。
 俺は一人取り残され、立ちつくしてしまう。
 そんな俺を我に返したのは、ポケットから鳴り響いた着信音だった。沙柚か……!?
 俺は携帯を取り出して、通話ボタンを押した。
「おいーっす凍谷」
「あ……何だ、部長か……」
「何だとは失礼だな。いやー、思いのほか説教が短くてな。一時間くらいで済むとはラッキーだった。まだ二時間あるし、お前も一度学校に戻ってきて――」
「……」
「……何かあったのか」
 最初はおちゃらけた様子だったのだが、こちらの雰囲気を察したのか、最後に引き締まった声色で尋ねてきた。
 ……朝、部長が俺に言ってくれた事を思い出す。……相談してくれて、構わないぞ……。
「実は……」
 俺は、昨日の夜から今さっきまでに何があったのかを部長に説明した。
  
「……なるほどな。沙柚ちゃんがかくれんぼと言い、今彼女は行方不明になってるって事か」
「えぇ……。そういうわけなんですけど……」
「……」
 部長はしばらく黙りこんでいた。そして、彼の声が受話器から耳へと届く。 
「……朝、沙柚ちゃんはお前に『かくれんぼ』と、『六時』って言ったんだったな?」
 その声色は、真剣の字を当てはめるに何ら遜色のない雰囲気を漂わせていた。
「はい」
 だから、俺も真面目に答える。茶化しは一切なしだ。
「なら、その『六時』ってのはタイムリミットで間違いないだろうな。要は、六時までに自分を見つけてくれ、と言いたかったんだろう」
 部長は淡々と語る。……だが、引っかかる事があった。
「……え……でも、俺が帰宅するのは六時十五分頃だってのは、沙柚だって知ってる事ですよ?」
 俺は若干の不安を覚えつつ部長に返す。……部長は、ひと際真剣な声色で言った。
「だから、リミットオーバーに間に合ってもらっちゃ困るんだろう。何をするつもりか知らないが、お前が帰った頃には既に時間切れ……つまり、何かしら『手遅れ』な事態が起こっている可能性が高い。しかも、沙柚ちゃんはその状況を望んでいるって事になるだろ?」
「……えぇ……」
「お前から聞いた話を総合して考えると、だ」
 ……喉がカラカラになっていく。次の瞬間、部長の口から発せられた言葉を、俺は……受け入れたくはなかった。
「六時に死ぬからそれまでに自分を見つけてみろ、って言ってるんだよ」
「……!?」
 は、はは。そんな、馬鹿な。だって、あの沙柚だぞ? いっつも遊ぶ事ばっかり考えてて、そんな、馬鹿な。あるわけ、ないだろ……。
「ま、可能性の話だがな。死ぬから、ってのは行きすぎかもしれないが、それに準じるぐらいの事でもしでかすんじゃなきゃ、学校で騒ぎを起こすような真似はしないんじゃないか、ってだけだ。いいか、今のところ『何をしようとしているのかは分からない』んだ。それは大した事はしないとも取れるし、逆に言えば大変な事をしようとしている、という可能性を持っている事を忘れるな」
「……」
 言葉が、出せない。……いや……出ない……。
 その分析は、あまりに……的をとらえ過ぎていたから……。
「……ありがとうございます。とにかく、俺は心当たりのあるところからしらみつぶしに沙柚を探します」
「あぁ。……これ以上は何もしてやれないが……一つだけ約束しろ」
「……?」
 こっちとしては早く沙柚を探しに行きたい。一分一秒が惜しいのだ。くだらない用事だったら今度こそ一発拳をお見舞いしますよ。
「明日、絶対に学校に来い」
「……!」
「じゃ、そういうわけだ。頑張れよ」
 プツ、と音がして、電話は切れた。
 ……沙柚の身にもしも何かあったのなら、俺も学校どころではないだろう。……あの言葉は、つまり。

 必ず、沙柚を見つけ出せ。

 ……そう、言っているんだ。
 そんな事は……言われなくても分かってる……! 沙柚の奴……見つけ出したらタダじゃおかねぇからな……! 
 俺はバス停まで戻り、沙柚の行きそうなところに、手当たり次第に足を運んだ。
 
 四時半。五時。……五時半……。
 六時まで……もうあまり時間がない……。
 どこだ。どこに居るんだ……沙柚……!
 もう心当たりのあるところは全部探した……。けれど、どこへ行っても沙柚の姿は見えず、人に聞いても目撃した、という話はなかった。
 畜生……どこにも居ないってのは……一体どういうことなんだ……!? ……く、考えろ……沙柚は、一体どこに居る……。
 部長が組み立てた推論を頼るなら、「リミットーバーに間に合ってもらっては困る」沙柚が隠れる場所、という事になる。……間に合ってもらって困るなら……そう、か……不特定多数の人が居るような場所は困るはず……。誰かに目撃されれば、躍起になって探している学校の教師の耳に触れる可能性があるからだ。
 だとすると……どこだ、どこだ……不特定多数の人間に目撃されず、六時まで絶対に見つからない場所……。……そんな場所は……果たして、あるのか……。
「……!」
 ……ある。そう、だ。たった一つだけ……あるじゃないか……。
 親父、お袋……沙柚の……そして、俺の……。
 俺達の、家だ。
 俺は、それに気づいた瞬間に駆けだした。
 そうだ。考えてみれば、簡単な事だった……!
 家に居れば、電話を無視し続ければ家には誰も居ないものだと錯覚させられる……! 学校の教師達は俺が知っている事情を知らないから、軽い気持ちでサボった程度にしか思ってないのだろう。だから、電話に出なければイコール家に居ないと決定される……! ……しかも、他人の家かつセキュリティが厳重だから、六時十五分に俺が帰ってくるまでは仮に教師が俺達の家へやってきても侵入は不可能……! ……俺と一緒に家に上がった頃にはリミットーバー……「手遅れ」になっちまってる……!
 畜生、畜生畜生畜生っ! 何で気付かなかった! どうしてこんな時間になるまで気付けなかったんだよ俺は!
 ……くそ……くそったれ……!
 急げ……急げ……! もうタイムリミットが近い……間に合わなければ居場所が分かっても意味がない……!
 部長の言葉が脳裏に蘇る。……大変な事をしようとしている可能性を忘れるな。
 ……俺ん家で出来る「大変な事」……そんなものは限定されてくる……! ……最悪のパターンが、頭の中に構築されていく。
 くそ、くそ、くそ、くそ! させてたまるか、そんな事をさせてたまるか……!
 いそ、げぇえぇええええぇえええええええ!
 
「……はぁ、はぁ……っ……はぁ……!」
 そして、数十分後。俺は、我が家へと辿り着いた。……時計の針は、きっかり……六時を指し示していた。
 ……くそ……鞄を置いた時に……家の中に入っていれば……!
 ……ぐ……後悔してる場合か……! 沙柚は……きっと、ここに居る……!
 ポケットから鍵を出す。鍵穴に差し込み、回し……玄関のドアを開ける。靴を脱ぎ捨て、俺は手当たり次第に部屋を確認していった。
 ……居ない……居ない、居ない……!
 一階には居ない。二階か……!
 駆けあがる。そこに、妹の姿がある事を願って。一段飛ばしで、階段を……。

 ……二階に、上がった……真正面。そこにあるのは、俺の部屋で。
 ……そこには、首を吊った……沙柚の姿があった。
「沙柚ーーーーーーーーーーーーーーっっっ!」
 叫んだ。
 駆けた。
 頭の中で構築されていた、最悪のケース。……それが、今……目の前に現実となって表れてしまっている……!
 俺は沙柚の体を抱きかかえると、首の回りのロープを傍にあったカッターで何度も切りつけて切断した。
「沙柚! しっかりしろ、沙柚!」
 床に寝かせた沙柚の肩を掴んで、やや乱暴に振る。
「……ぁ……」
 すると……沙柚は、ゆっくりと……目を開けた……。
「おに……ぃ……ちゃ……ん……」
「沙柚……!」
 それを、見た……瞬間に……俺は、震える妹の体を……ぎゅっと抱きしめた。
「馬鹿……野郎……。なん、で……こんな、事……っ」
 目頭が熱くなる。……嗚咽が……交る……。
 最悪のケースは起ってしまった。……けど、沙柚は……生きていてくれた……。
「えへ、へ……。……やっぱり、見つけて……くれた……」
 沙柚の小さな声が耳に届く。それを聞いて、もう……ごまかしが効かないほど、俺の瞳は涙に溢れていた。

 そして、その夜……沙柚の自殺未遂を聞いた親父とお袋は、鬼の形相で我が家へと駆けつけてきた。
 久しぶりに、家族全員がそろった。……何とも皮肉な事だ……。
 居間に、食卓と呼んでいたテーブルと椅子に集合する。……俺と沙柚が隣に座り、親父とお袋は反対側に座った。
「沙柚……どうしてこんな事をしたの」
 長い沈黙の末、お袋が口火を切った。
 それに次いで、
「自殺!? ふざけるな、自分が何をやったか分かっているのか!?」
 親父も口を開く。
「えへへ……その、何て言うか……ね?」
「ね? じゃないでしょ!」
 まったく反省したような姿勢を見せない沙柚に、お袋はとうとう堪忍袋の緒が切れたようだった。声色は一層強くなり、ビリビリと空気が振動しているかのようだ。鬼のような形相を見せるお袋を、俺は初めてこの目に収めた。
 それを受けた沙柚の方は、というと。
「……だ、って」
 テーブルに……ぽとりと、水滴が落ちた。
「だって! 辛かったんだもん! 嫌だったんだもん! お兄ちゃんは普通の学校だったのに、私だけ無理矢理あんな学校で……っ……」
 今まで溜めこんでいた物を全て吐き出す勢いで、沙柚の口から言葉が出てくる。
「朝早くに行かないとひっぱたかれるんだもん……っ……口ごたえをしたら雑巾を押しつけられるの……っ……先生に言ったら……水をかけられるのぉ……」
 その言葉は、次第に……痛々しいものへと変わっていき……。
「誰も……私に……話しかけてくれないよ……笑い声だけがずっと続いて……ひそひそ話がずっと続いて……視線がこっちにいくつも向けられるの……っ……」
 誰も、何も言えなかった。……否……口を挟める資格など、持っていなかったのだ。
「家に帰ってもっ……お母さんは居ないじゃない! お父さんだって居ないじゃない! お兄ちゃんは……意地悪ばっかりで……っ……。……私は……どうすればよかったの……? 教えてよ……。……教えてよぉ……」
 隣に居る俺に、沙柚は必死に訴えてきた。
 俺は……涙を流す事しか出来なかった。
「遊びたいよぉ……私の部屋にある人形は……しゃべってくれないよ……。私が何を言っても……返事を……してくれないよ……。……誰も……私の事なんて……っ……」
「もういい……!」
 俺は、沙柚の肩を持って引きよせ、再びぎゅっと抱きしめた。
 耐えられなかった。これ以上、俺は耐えるだけじゃいけないんだと思った。
 痛々しいなんてものじゃない。
 胸の中をえぐり取られる気分だった。
「ごめん……ごめんな……。俺は……沙柚に何もしてやれなかった……。遊んでほしかったんだよな。ただ……それだけだったんだよな……」
 声が……震える……。沙柚の体は、もっと震えていた……。
「ごめんな……それが当たり前になってて……すっかり、忘れちまってた」
 俺は、沙柚の頭をそっと撫でた。
「俺達は……家族なんだもんな……」
「……っ……おにぃ……ちゃ……、……ぅ……うぁあぁぁ……」
 それからしばらく、居間は沙柚の泣き声がこだまし続けた。
 今出来る事を……沙柚に、思いっきり泣かせてやれるよう、胸を貸したまま、大切な妹の頭を優しく撫で続けた……。

 *   *   *


「起きろーーーっ!」
「っげは!?」
 それは、いつもの朝だった。
 日に日に起こし方が乱暴になっていく妹を呪いつつ、俺は跳び膝蹴りを受けた腹を押さえた。
「てんめぇ……毎朝毎朝殺す気かーーーーっ!?」
「体を鍛えろ体を~! そんな軟弱者じゃ生きていけないぞー?」
「だ・ま・れこのアホ沙柚がー!」
「アホ言うなーっ!」
 ぎゃーぎゃー、わーわー、ばたんどすん。
 俺達が騒いでいると、一階から威勢よく上がってくる足音が響いてきた。
「こらーーーっ! 毎朝毎朝、ケンカするのは止めなさいって言ってるでしょ!」
 そこに居たのは、エプロンを身にまとったお袋である。いつものように怒り心頭のご様子だった。
「だって沙柚が」
「だってお兄ちゃんが」
 そこで俺達が行うのは、罪のなすりつけ合いである。少しでも相手にお袋の怒りの対象を向けようとする。
「だってじゃない! 喧嘩両成敗よ!」
 それだけ言うと、手に持っていたおたまで俺達二人の頭をリズミカルに叩いた。……いってえぇ……。
「朝ご飯できてるからさっさと支度しなさい! お母さんもう会社に行くから、貴方達も急ぐのよ!」
「「はーい……」」
 おたまで打ち抜かれた患部を撫でながら、生返事を二人で返す。お袋はため息を一つついて、一階へと降りていった。
 それを見届けて、俺は体を起こしてベッドから抜け出た。
 毎朝恒例になってしまった俺VS沙柚の階段一気降りレースは、今日のところは負けてやった。……重ねて言うが、負けてやった。スタートダッシュが遅れたのは、遅れたのではなく遅くしてやったのだと勝手に決めつけておく。
「お前らほんとに飽きないな……。ほら、さっさと飯食え」
 バタバタと下りてきた俺達を迎えたのは、新聞紙を広げた親父だった。
 ……あれから一ヶ月。うちの親父はプー太郎から卒業し、立派な社会人となっていた。
「そういえば、お前漫画描いてるんだったよな」
 食卓に腰を降ろした俺に、親父が声をかけてきた。
「あぁ、描いてるよ。一緒に居て退屈しないっていうか……面白い先輩が学校に居てさ。誘われて去年入ってからずっとかな」
 俺はハムを一つ口の中に放りこんで、もぐもぐと噛みながら答えた。行儀が悪い? 知ったことか。
「でもストーリーは全然つまんないけどね」
 俺と親父のコミュニケーションに割って入る無粋な妹を発見。ただちに迎撃を開始する。
「黙れ。お前が漫画を語るのは百年早い」
「何ぉう~!?」
 ぎゃーぎゃー、わーわー、ばたんどすん。
 第二ラウンドの開幕だ。
「お前ら学校遅刻するぞ。さっさと朝食食ってさっさと行ってこいや」
 親父が呆れたような、それでも笑顔を浮かべて俺達の喧嘩を一瞬にして止めた。流石親だ、息子・娘の扱い方には慣れている。
 そして、言っている事は決して俺達を抑えつける為だけのものではなく、事実このままでは本当に遅刻しそうな時間だった。
「どうだ。沙柚、新しい学校は楽しいか?」
 急いで飯をかきこむ沙柚に、親父が尋ねた。
 沙柚は米粒を口の端にくっつけたまま、
「うんっ!」
 と、満面の笑みで答えた。
 
 俺達は飯を食い終えると、昨晩玄関に用意していた鞄を手に取った。今のところ、家を一番最後に出るのは親父になっているので、鍵をかける必要もなくなった。
「「いってきまーす!」」

 俺と沙柚の声は、清々しい青空へと響いていった。




――――――――――――――――――――――――――――――――

後書きです。
カクレンボ、どうだったでしょうか。
一応学校に提出するものだったので、何かそれっぽいシリアス系の内容がいいかと思い、家族をテーマにして書いたのです。
核家族が進んで、そうなると両親が仕事で家に居ないと祖父や祖母など、子どもの話を聞いてあげる人っていなくなっちゃうんですよね。学校の授業でそんな感じの事をやって、それじゃ駄目だろ、と思ったことがそのままこの短編の発想に至ったのです。
家族とのコミュニケーションは大切にしましょうね。

感想とかも頂ければ、ありがたいです。

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